社説:初の司法取引 想定と正反対の構図だ(京都新聞)

組織ぐるみの犯罪を解明する制度ではなかったのか。
 6月に導入された司法取引が、外国公務員への贈賄疑惑事件に初めて適用された。
 タイの発電所建設事業を巡り、大手電機メーカー「三菱日立パワーシステムズ」(MHPS)の社員がタイの公務員に賄賂を渡した疑いがあり、MHPSが東京地検の捜査に協力することで合意した。特捜部は不正競争防止法違反の疑いで社員のみを立件し、法人の起訴を見送る方針という。
 司法取引は、容疑者や被告が共犯者の犯罪を明らかにする見返りに、検察官が起訴を見送ったり、軽い罪で起訴する制度だ。
 取り調べの録音・録画の義務付けに伴い導入された。供述を得にくくなるとの懸念が捜査当局から出たためだ。薬物や銃器関連、詐欺や贈収賄事件、企業の不正事件などが対象になっている。
 「社長に帳簿改ざんを指示されていた」「組長に犯罪行為を指示された」。当初、想定していたのは、こうした組織犯罪だった。だが初の適用例は正反対の構図で、企業が社員を告発する形となった。トカゲのしっぽ切りにならないか。
 MHPSは内部告発で不正を把握して特捜部に情報を提供し、司法取引を持ちかけたとされる。
 海外公務員への贈賄罪で有罪が確定すると、法人は3億円以下という高額の罰金を科される。国際金融機関から融資などを受けられなくなる可能性もある。海外で事業展開する企業にとっては深刻なダメージだ。MHPSは企業防衛の観点から、何としてもその事態を避けたかったとみられる。
 ただ、タイの公務員に渡った賄賂は数千万円と高額だ。社員の一存で用意できる金額だろうか。司法取引が成立しているため、特捜部は会社の関与を立件しないが、それで事件の全容が解明できるのか。違和感が拭えない。
 司法取引の協議や合意には容疑者らの弁護士が関与、同意することになっているが、弁護士は共犯者の利益を守る立場ではない。今回の事件の場合、社員が不当な扱いを受けないか、注視する必要がある。
 新興国での大型事業が増える中、日本企業が国際的な信用を保つために司法取引を積極的に利用するのは、新制度の望ましい効用ではあろう。一方、企業の責任逃れに使われるばかりなら、制度への不信が募るのではないか。検察には適正な運用を求めたい。
[京都新聞 2018年07月16日掲載]