日銀法の“呪縛”!? 新副総裁の若田部昌澄氏が持論の「追加緩和」主張を封印(産経新聞)

今春、日銀の黒田東彦(はるひこ)総裁が再任され、「黒田日銀」2期目がスタートした。異例の2期目を支える副総裁の1人には、積極的な金融緩和を求める「リフレ派」の論客として知られる元早大教授の若田部昌澄(わかたべ・まさずみ)氏が選ばれ、3月に就任した。物価が伸び悩む中、市場では、若田部氏が「金融政策決定会合で追加の金融緩和を求める」との噂もささやかれたが、4、6月の会合では「持論を封印」(関係者)し、現行政策を維持する議長案に賛成した。リフレ派の旗を降ろしたのか-。

 「国債購入量のペースを年90兆円に増やすべきだ」「消費税を再増税すればデフレに逆戻りする」

 副総裁就任前の学者時代、若田部氏は金融緩和の強化を唱え続けてきた。大規模緩和を5年以上続けても2%の物価上昇目標が達成できなかったからだ。

 黒田氏の1期目がスタートして早々の平成25年4月、日銀は銀行などから国債を年50兆円のペースで買う大規模緩和を始めた。銀行を通じて大量のお金を世の中に流し、企業の投資や個人の消費を増やして物価を持続的に上昇させ、経済を成長させる狙いだった。

 しかし、原油価格の下落で輸入物価が下がってきたことから、日銀は「デフレマインドの(インフレマインドへの)転換が遅延するリスクがある」として、翌26年10月には同80兆円に増やす追加緩和に踏み切った。

 その後、日銀の大量買い入れで国債が市場に出回りにくくなり、大規模緩和の継続性が疑問視されるようになった。

 これに対し、28年2月には、銀行が日銀に預けるお金の一部に事実上の手数料(0.1%)を課す日本初の「マイナス金利」政策を導入。日銀にお金を預けるより、企業や個人への融資を増やしてもらう思惑だったが、強力な金融緩和を継続する意思表示だった。

 それでも物価は伸び悩んだ。このため、同年9月には、金融緩和の中心をお金の「量」から「金利」に変更し、短期金利をマイナス0.1%、長期金利を0%程度に誘導する仕組みを導入した。金融緩和の長期化を見据えた日銀の「苦肉の策」とみなされた。

 こうした中、昨年7月にリフレ派の片岡剛士(ごうし)氏(元三菱UFJリサーチ&コンサルティング上席主任研究員)が審議委員に就任。総裁と副総裁2人、審議委員6人の計9人は「政策委員」と呼ばれ、金融政策決定会合は政策委員の多数決で決まる。片岡氏は就任以来、現行政策の維持に反対票を投じ、追加緩和の必要性まで唱えている。

 同じリフレ派の若田部氏も反対票を出すとの臆測がささやかれていたが、“序盤戦”は様子をうかがったのだろうか。

 確かに、学者と副総裁の立場は異なる。若田部氏は3月下旬の就任記者会見で、スタンス変更の可能性を問われ、「これまで学者として積極的な金融緩和を唱えてきたのは事実。ただ、これからは副総裁として日銀内部に入っていく。副総裁になったことのみで意見を変えることはないが、新しいデータや情報、他の委員との議論などを踏まえて、知識・判断をアップデートする」と含みを持たせていた。

 持論封印の背景として市場関係者の間でささやかれているのが、「日銀法の“呪縛”」だ。

 同法22条には、「副総裁は(執行部の一員として)総裁を補佐する」と定められており、独断の行動が取りづらい。実際、現行法の下で正副総裁が衝突したのは追加利上げを決めた19年2月の会合のみだ。

 さらに、議長案に反対すれば、「反執行部とみなされて実動部隊が動かなくなり、さまざまな情報を入手できなくなる」(日銀関係者)というデメリットもある。

 若田部氏と同じ学者出身で、「量」にこだわってきた岩田規久男前副総裁も「金利」中心の金融緩和への変更に反対せず、日銀が2%目標の達成時期を先送りしても追加緩和を求めなかった。

 実際、追加緩和の余地は乏しくなっており、日銀は2%の達成見通しを公表しなくなった。7月30、31日の次回会合では国内経済が堅調な中でも物価が上がりにくい要因を詳しく検証。30年度の物価見通しを引き下げる方向とみられ、かつてのようになりふり構わず2%を目指す“貪欲さ”は薄れつつあるようだ。

 ただ、若田部氏は、就任会見で「(2%を目指して)必要ならば躊躇(ちゅうちょ)なく、追加緩和を行うべきだ」とも主張している。2%は「夢のまた夢」とまで揶揄(やゆ)される中、若田部氏はこのまま物価の伸び悩みを座視するのだろうか。いつ議長案に反対し、いつ追加緩和を提案するのか-。市場参加者は固唾をのんで見守っている。(経済本部 藤原章裕)

 金融政策決定会合 日銀の金融政策の方針を決める会議。総裁と副総裁2人、審議委員6人の計9人が、金利の上げ下げなど次回会合までの政策運営を多数決で決める。定例会合は年8回で、各会合とも2日間の開催。1、4、7、10月の会合後には、物価上昇率と経済成長率の見通しを示す「経済・物価情勢の展望(展望リポート)」を公表する。財務省内閣府から政府代表が出席するが、議決権はない。