元球児の次男の青春、今もセンチメンタル 松本伊代さん(朝日新聞デジタル)

アイドル歌手として名をはせた松本伊代さん(53)の次男は元球児。母として関わった高校野球について振り返ってもらった。

【写真】「私にとって高校野球とは」をテーマに色紙に言葉を書いた松本伊代さん=2018年6月12日、大阪市北区、高橋一徳撮影


 20歳になった次男が成城学園(東京)で高校球児でした。野球を始めた小学生の時から父母の出番は多くて、子どもたちの飲み物や食べ物を用意したり、応援の方、吹奏楽の方が熱中症にならないように冷たいおしぼりを配ったり。

 いろんなお母さんがいると思うけど、私は子どもを絶対見たいという感じ。地方大会の開会式も毎年行っていました。行進も見逃しちゃいけない。どこの学校もそうだと思うけど、下級生の親が席をとるというシステムもありました。

 高校では野球部の父母会長にもなりました。芸能人だからと特別扱いもされなかったし、私もすっぴんで、髪を振り乱していました。親御さんは一つのチーム。お母さんたちもみんな仲良くなれるし、一致団結。ほかのお子さんが活躍すると「頑張ったね」って言い合ってエールを送っていました。自分の子どもは打てなかった時の方が印象に残っています。本人には言いませんけど。

 高校野球はやっぱり最後の最後まで結果がわからないのが面白い。誰かのヒットをきっかけに勢いがついて、流れが変わる。負けてても最後の最後まで諦めちゃいけないところが感動するし、見ていて楽しい。勝ったらもちろんうれしいけど、負けても感動する。子どもたちに諦めない気持ち、熱い思いを教えてもらいました。

 息子は捕手で、家でも配球の勉強をしていました。高校では1年からメンバー入りして、3年の夏の最後の西東京大会は3回戦で負けました。子どもたちはずっと悔し泣きしていて、お母さんたちもそうでした。後から聞いた話では、息子は試合の途中から泣いていたって。試合後、お母さんたちのところに来て「ありがとう」と言ってくれて、感動しました。今しゃべっていても泣いちゃう。

 息子たちがうらやましいですね、高校時代を楽しんで。アイドルとして過ごした私の青春時代は、高校生活の楽しい思い出があまりないというか、修学旅行も途中で帰るなど不完全燃焼。息子たちを見ていると、みんなで一つになって、一つの目標に向かっているのが、すごくうらやましかった。自分もそこに入っているような、一緒になって楽しませてもらった3年間でした。

 私は青春を共有したと勝手に思っています。終わった後はつまんなくて、かなり高校野球ロスになりました。次男には大学でも野球をやってほしかったけど、今はバンドに夢中です。

 父母でおそろいで作ったブルーの帽子やTシャツ、タオルは大切に取ってあります。子どもと一緒に熱い夏を過ごさせてもらい、いろいろサポートしたのもいい思い出。子どもたちから青春をおすそ分けしてもらいました。あー、あのころに戻りたい。(聞き手・大隈崇)


     ◇

 まつもと・いよ 1965年生まれ、東京都出身。81年、「センチメンタル・ジャーニー」で歌手デビュー。バラエティー番組などで活躍。夫はタレントのヒロミさん。